待合せの前から不穏な灰色雲が広がってきていて、青旅の行先に予定していた大井川のあたりは雷雨になるらしい。
困ったなあと思って、11歳の女の子に海と山とどちらに行きたいか尋ねたら「海」と答えた。
家族はどこかへ行くにもいつも車で移動するから、彼女が今までに電車に乗ったのも数えるほどだという。
混んだ電車の中でどうしてよいのかわからぬような心細げな表情で、彼女はぼんやりと景色を眺める。
テーマパークに遊びに行くでもないし、知らないところに行くのは楽しくもなんともないだろうなあ。
でも旅の本質ってそういうものだと思う。
写真を撮るときは彼女と僕の一対一になる。
ママには見えない場所に移動してもらい、立ち位置を指示してカメラを構えると彼女は不安になるのかママの姿を探そうと頭をめぐらせる。
身長はもうママと同じくらいに大きくなったけれども、心はまだ小さな子どものように繊細だ。
旅をする少女の写真を撮り始めてまだ6年しか経ってないけれど、ほんの数年のうちに彼女らが大きく変わってゆくのにびっくりする。
気がつくと幼さを残した面影はまったく消えて、大人と同じ表情を見せるようになる。
東田子の浦駅で降りて、松林を抜ければ太平洋が広がる。
用心しいしい砂利の上を歩いて波打ち際まで来た。
水色のワンピースを着た彼女は波打ち寄せる太平洋を前に一本の澪標のように立つ。
はかなげで、たよりない。
しかしそのうち大波でもびくともしないような灯台のようになるだろう。
だから変わってしまう前の、今の姿を撮っている。
西の空がようやく明るく色づいた頃に帰路につく。
慣れない電車に乗って知らない土地を歩いた彼女は早く帰って寝たい。がんばってくれてありがとう。
またいつか旅に行こう。ほんとに一人だけでどこかへ旅立つ前に。
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