夕方の公園にいる人たちはみな、満開の桜に引き寄せられてきたんだろう。花の下でスマホを構えて写真を撮っている。
4月から小学生になる女の子は、真新しい制服の上着に「しょうがないなあ」という表情で袖を通す。入学式はまだ先だから。写真を撮るためだけに制服を着るのは、彼女の本意ではない。
同じ学校に通うお姉ちゃんも制服のはずだが、恥ずかしいのか頑として制服を着るのを拒んだらしい。
二人とも赤ちゃんのときから撮っているのに、気がついたらそんな年頃になっているのだな。
幼い頃はずっとカメラに慣れてくれなくて、毎回苦労しながら撮っていたのさえ懐かしい。二人ともすっかり成長した。
西陽の射す公園の中移動するとき、父娘が手をつないで歩いている。
二人ともおしゃべりすることもなく、ただ歩いているだけなのだけど、それが一番家族らしい「自然な」光景だった。
本人たちは意識することさえない、なんということのない平凡な瞬間。
それは横を歩いていたフォトグラファーから見たら、幸せそのもののように感じられたのだけど、どうでしょうかね。
「虹の足」(作:吉野弘)という有名な詩があるけど、写真を撮るのはそういうものかもしれない。
撮影終わって駅まで歩いていたら、道端に咲いてる桜の木の前で赤ちゃんを抱っこした若いママを、パパが一生懸命にスマホで撮っている。その家族もまた虹の足の下にいた。
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